新世紀エヴァンゲリオン

〜せめて人間らしく〜

第一部

第三章 破壊


 碇シンジは一本のりんごの木を見つめていた。

「はぁ、結局今年も実はつかなかったか」

「また来年を待てばいい。いくらでも時間はあるもの」

 綾波レイは実がつかないことを気にする様子もなく言葉を返した。

「シンジ君。最近はこの辺りの草花も元気がないようだねぇ」

 そう言うと、渚カヲルはシンジに近付いた。

「養分が足りないのかな? 肥料をやったことってなかったしね……」

「枯れ草なんかも、土に還らないのならどけたほうがいいのかもしれないねぇ」

(何故いつまでも枯れ草のままなんだ?)

はっ

「そうか。そういうことかリリン」

「シンジ君。それは僕のセリフだよ」

「僕はやっぱりバカシンジだよ。ここには虫もみみずも微生物もいない。ここに創った植物たちは結局生きてなかった――造花と一緒だったんだ」

「どうすればいいんだい?」

「生態系を全部復元するなんて無理だね。虫や微生物を必要なだけ創ってここに放つとかできそうにないし、虫だけ増えても困るよ。かといって虫の天敵として鳥や獣を創るとか言い始めたらこの山を一つ復元するとかって話になっちゃう。それだって十分じゃないかもしれない……」

 その夜、シンジは自らの意志を固め、レイとカヲルに伝えた。

「やっぱり、もう一度やり直すよ。僕たちだけでのんびり過ごすっていうのも悪くないけど、同じことなら生きている世界の中でした方がきっと楽しいよ」

 もう一度やり直す――その言葉の意味は三人にとって明らかだった。

「簡単なことではないよ。それはわかっているんだよね?」

「失敗するかもしれない。でも、上手くいくまでやり直せばいいんだ」

「また、辛く厳しい戦いが待っているわ」

「構わない。それに今ならいろんな事を知っているから……。どうせ僕たちは死ぬこともできないみたいだしね。今ならカヲル君の言ってた生と死は等価値ってのもわかる気がするよ」

「神類補完計画。それが僕たちの計画の名前だよ」

「はぁ?」

 惣流アスカ・ラングレーは心底呆れたように言った。

「人の世界を復活させる。別にそんなことが目的じゃないんだ。世界を復元したら自動的に人間たちも復活してしまう。すると、彼らは必然的にサードインパクトに向けて動いてしまう。だから僕たちはサードインパクトを阻止する」

「セカンドインパクトから阻止すればいいじゃない!」

「どうやって止めるんだい? 死海文書の発掘を阻止するのかい?」

「それとも、南極の葛城調査隊を全滅させる? きっと言葉で説明しても納得しないよ。それに、第二、第三の葛城調査隊が何百年、何千年と現れ続けるかもしれない。ずっと南極に目を光らせ続けるなんて無理だよ」

「それもそうか……」

「せっかくやり直すのなら、死ぬまでってのは無理だけど、人としての人生ってやつを少しは楽しんでみたいと思わない? それなら、自分たちが存在しているべき時間を復元するしかない。でなければ、人間たちの中に僕たちの居場所を見つけられないよ」

「存在しないはずの人間は、どこの国に行っても密入国者と同じだからねぇ」

「カヲル君は別として僕も綾波も日本人だからね、日本で暮したい。でもさ、セカンドインパクトの混乱がなければ日本ほど全国民の素姓が明らかになっている国はなかったらしい。そしたら僕たちは学校にも行けない。まっとうな働き口もないってことになる。僕らはどこにいればいい?」

「あたしたちの居場所がきちんとあってハッピーに暮してるっていう、そんな都合のいい世界は創れないの? あんた神様なんだし」

「それはちょっと難しいんだよ。例えばさ、僕には両親が健在で、アスカが幼なじみの同級生で、ミサトさんが先生で、そのクラスに綾波が転校生としてやってくるなんてレベルの想像は僕にだってできる。でもリアルじゃない――そのレベルの想像を世界全体まで広げるのは、さっきの生態系の話と同じで無理だよ。僕の周りだけ都合の良い想像の世界なのに、一歩外に出ると対使徒戦の準備がされていて、その裏では人類補完計画なんてのが動いてる――そんな歪な世界になりかねない。第3新東京市にNERVもエヴァもないのに使徒が攻めてくるなんてことになったら目もあてられないよ」

「それなら全部わかってる自分たちで片を付ける方がましってことか……」

「神類補完計画の目的は僕らが人間らしい人生を数十年おくってみるということだよ。それだけのためにサードインパクトというか人類補完計画を阻止する」

「使徒との戦いは問題ではないわ。これまでの三回、全ての使徒は倒してきたもの」

「何種類かやっかいなのがいるとはいえ、僕らは――特に僕は死にそうにないから最悪でもエヴァと道連れで倒せる。できれば自爆は避けたいけどね」

「NERVの人類補完計画は碇司令がユイさんに逢うという目的のために遂行されたわ。だから、ユイさんが初号機に取り込まれさえしなければ阻止できるはず」

「最悪、約束の時に父さんを殺してでもアダムを奪い取って、アダムとリリスとの融合を阻止すればいいんだから、こっちは問題ないよ」

「問題はSEELEの計画って事ね」

「SEELEの計画はエヴァシリーズを倒すだけで阻止できるのさ。問題は一旦倒してしまってもまた現れる可能性があるって事だね」

「倒しても復活してくるのがやっかいだったわね」

「それとは違う話だよアスカ。エヴァシリーズが復活してくるのはS機関を持っているからで、それは使徒と同じだ。だから、きっちり殲滅すればいい。ロンギヌスの槍でも使えば十分なはずだよ」

「一旦全滅させてもいつの日にか再びエヴァシリーズを作り直して、攻めてくるという可能性がある。そのことが問題なのさ」

「SEELEの元々の計画ではリリスが依り代となるはずだった。でも実際には初号機が依り代となった。両方とも消してしまえば計画は頓挫するんだろうと思うんだけど、いつ、どうやって消すか、微妙なところなんだよね」

「ずっと疑問に思ってたんだけど、初号機って何か特別なわけ?」

「父さんにとっては母さんが宿っていたから特別だったってだけなんだけど、エヴァとしても初号機は特別なんだ。アスカはエヴァが使徒から作られているって知ってた? 初号機はリリスの完全なコピーだったという意味で特別なんだ。リリスのコピーだからサードインパクトの依り代として使われたのも事実だ。でも、最初からリリスの代わりとして使うつもりだったのか、偶々ジオフロントにリリスそのものがあったからコピーを作ることにしたのか、真相はわからないけどね。ちなみに他のエヴァはコピーではなくて零号機はリリスの、弐号機以降のエヴァはアダムの体組織を培養したものを使って作られたものだよ」

「あんた全知全能の神様っていうわりに、はっきりしないのね」

「知識だけはあっても、人の思惑みたいなことまではわからないんだよ。皆が同じ思惑で動いているわけではないし、そもそも人類補完計画自体が誤解と思い込みの産物なんだから……」

「ま、いいわ。あんたたちの計画ってのを説明しなさいよ。まさか名前と目的だけ決めといて、後は成り行きまかせで……ってわけじゃないんでしょ? それに三回目のサードインパクトを起こした訳ってのもまだ聞いてないし」

「神類補完計画。中身はできるだけ単純であるべきだ。肝心なのは母さんが初号機に取り込まれることを阻止すること。そしてリリスの化身である綾波の存在を隠すか、少なくとも彼らの言いなりになるような生易しい存在ではないと思い知らせること。この二点さえ実行できればアダムとリリスを融合させる計画は潰せる。そのために僕は2004年――母さんが初号機に取り込まれるよりも前の世界を再現するつもりだよ」

「敵を使徒とSEELEに絞るってことね」

「彼らだって敵とは限らないんだよ。サードインパクトさえ起こさないのなら相手にする必要はない――例え使徒であってもね。第一面倒じゃないか」

「あたしたちを踊らせてくれた借りを返そうとは思わないの! 飼い慣らされた男なんてサイテー」

「君は将来罪を犯す可能性があったというだけの人々を罰するつもりなのかい? しかも、その罪は僕らによって未然に防がれるというのに……」

「大体、僕が借りを返したい相手がいるとすれば、それはこんな下らないことを仕込んで僕を神なんかにした先代の神だからね。人間同士の戦いは人間に任せておけばいい。僕らはあまり目立つべきじゃないんだ。神様とその使徒たちなんて祭り上げられたら最悪だ。人らしい人生をささやかに楽しむ余裕なんてなくなっちゃう。本末転倒だよ」

「一旦世界が再現されてしまったら、恐らく僕は2015年まで使徒タブリスとしてSEELEに隠匿されることになるし、場合によっては綾波レイ、君もNERVから出られないだろう。そうなると、もはや僕らには、皆で計画の確認や修正を話し合う機会もなくなってしまうだろうね」

「約10年間。頭の中だけに仕舞い込んだ計画をそれぞれが単独、かつ、密やかに進める。これが簡単なはずはない。しかも僕たちの肉体も2〜4歳の子供に戻る――となると行動範囲だって狭い。だから計画は単純で本質的なものだけに絞るしかない」

「シンジ君が両親の元で人としての人生を謳歌することができれば計画は成功と言って良いのだからね」

「あんたたちはどうすんのよ?」

「……」

 レイとカヲルに向けられたアスカの言葉に対し、シンジには返す言葉がなかった。

「私たちは碇君の使徒だもの。考える必要ない」

「僕はその頃はタブリスだからねぇ」

「……それじゃ、あたしのママは?」

「惣流アスカ・ラングレー。君は僕たちの計画のイレギュラーそのものだよ。だから君に関する計画はない。君がセカンドチルドレンになることを妨げる、つまり君の母親を弐号機に捕らわれることから助ける積極的な理由は僕たちにはないのさ」

「アスカがセカンドチルドレンにならなければ別の親子が同じ立場に置かれるだけなんだ。だったら使徒戦を勝ち抜いた実績がある分だけアスカの方が都合がいいってことだよ」

「じゃあ、なんでシンジのママは助けるのよ! シンジはママがいなくても初号機に乗れるの?」

「僕たちは人間じゃないからねぇ」

 カヲルは自らがコアの魂を介さずにエヴァンゲリオン弐号機を操れることを説明した。

 シンジたちは再び、第3新東京市、ジオフロントに降り立っていた。

「しっかし、約束の日に何があったかMAGIの記録を調べるだけのために人生やり直したっての。あんた、やっぱりどこかおかしいんじゃない?」

「仕方ないだろ! 思いついた時にはサードインパクトから何年も経ってたせいで、ジオフロントの自家発電設備も止まって動かなくなってたんだから」

 シンジは口を尖らせて反論した。

「サードインパクト直後の世界を再現すれば良かったじゃない」

「ソ、ソレハ、ヤ、ヤッパリ、サ、サイショノヤツ、ツ、ツ、ツマリホンモノノ、サ、サ、サードインパクトノトキニニテルヤツノホウガ、サ、サ、サンコウニナルジャナイカナ」

 アスカの鋭い指摘に対し、シンジはしどろもどろになりながら尤もらしい理由を述べはしたが額から流れる大量の冷や汗は隠せなかった。

「で、あんた何であたしの首を絞めたの? 殺したいほど愛していた……なんて言っても信じないわよ」

「あの時のことは自分でも良くわからないんだ。混乱していたのは確かだし……」

「今、尤もらしく説明をつけるなら、存在しないはずの惣流アスカ・ラングレー、すなわちイレギュラーたる君を無意識の内に消そうとしたという辺りが妥当なところかな」

「で、その後泣いてたのはなんでよ。殺されかけたのに、その後縋り付かれるなんて、ほんと気持悪かったわ」

「ああ、それはなんとなく理解してる。確かに絞め殺したはずなのにアスカが死ななかったから――首がポッキリ折れてるのに気持悪いだけなんて……。ああ、アスカにまで人間をやめさせちゃった――と後悔してたんだ。その時はもう全部思い出してたからね」

(この後一生というか下手したら永遠に相手するのか面倒くさいなぁ、なんて思ったなんて言えるわけないよ)

「ま、おかげであたしのママも助けられるんだから、貸し借りなしってことにしとくわ」

 アスカも既に自分が普通の人間ではなくなっていることを受け入れ、カヲルにできるなら自分にもできるはずである――と、エヴァンゲリオン弐号機を自らの力だけで操縦するつもりになっている。

 どこからか飛来したロンギヌスの槍が、二対四枚のATフィールドの翼を広げ上空に浮かぶエヴァンゲリオン初号機の喉元で停止した。

「いかん。ロンギヌスの槍か」

 冬月コウゾウにとり、それは都合の悪い事態のようだった。

 しばらくすると、エヴァシリーズの持っていたロンギヌスの槍が初号機の手足に襲い掛かり、同時に、エヴァシリーズは初号機の広げた翼をその口に銜え、初号機を更に上空へと引き上げていった。

「エヴァ初号機拘引されていきます」

「高度一万二千。更に、上昇中」

 NERV本部第二発令所では、オペレータである日向マコトと青葉シゲルが外で繰り広げられている事態をデータ及び映像で確認し、その内容を発令所内に報告している。

「SEELEめ、初号機を依り代とするつもりか」

 その場では唯一人、コウゾウのみが現在起こりつつある事態を把握しているようであった。

 やがて上空では初号機を中心としてエヴァシリーズが魔方陣のようなものを描いた。それが映像で確認されると同時にオペレータの報告が続く。

「エヴァシリーズ、S機関を解放」

「次元測定値が反転。マイナスを示しています。観測不能。数値化できません」

「アンチATフィールドか」

 ここでもコウゾウのみが一早く事態を察知しているかのようにひとりごちた。

「全ての現象が15年前と酷似している。じゃあこれって……やっぱり、サードインパクトの前兆なの?」

 その時、伊吹マヤはオペレータ用の机の下に潜り込み、ノートパソコンで何らかの情報を確認していた。

どごーん

 発令所をも震わせる爆発音と共に、地表部で発生した激しい爆発が映像でも確認された。

「直撃です。地表堆積層融解」

「第二波が本部周辺を掘削中。外郭部が露呈していきます」

「まだ物理的な衝撃波だ。アブソーバーを最大にすれば耐えられる」

 発令所に伝わる激しい衝撃に関してオペレータは必死の様子で報告を続けるが、やはりコウゾウのみは、未だ最悪の事態は訪れていないと認識しているようだった。

「人類の生命の源たるリリスの卵――黒き月。今更その殻の中へと還ることは望まぬ。だが、それも……リリス次第か」

 コウゾウが誰に聞かせるでもない独白を続ける一方で、新たな事態の発生を察知し慌てたオペレータの報告が続く。

「ターミナルドグマより、正体不明の高エネルギー体が急速に接近中」

「ATフィールドを確認。分析パターン、青」

「まさか、使徒?」

「いや、違う。人。人間です」

 報告が一段落すると同時に、発令所内に綾波レイの姿をした巨大な物体が現れた。その物体は実体を持たない様子であり、発令所内の人や物をすり抜けるように立ち上がる。

 自らの体を、その巨体がすり抜けたことに気付いたマヤは、我を忘れて悲鳴を上げた。

 一方、更に拡大を続けた巨大な物体が、やがて発令所内の外部映像でも確認された時、それは上空のエヴァ初号機の前に在り、大切なものを取り扱うような丁寧さで初号機を両手で囲い込んでいた。

「エヴァシリーズのATフィールドが共鳴」

「更に増幅しています」

 エヴァシリーズが初号機から離れて位置を変え、新たな隊列を組み、初号機に対するように空に別の文様を描くと同時に、オペレータが新たな現象を報告した。

「レイと同化を始めたか」

 コウゾウは、上空の初号機にまで達するほどに巨体でありながら、人間と識別された物体を綾波レイと認識していた。

「心理グラフ、シグナルダウン」

「デストルドーが形而下化されていきます」

「これ以上は、パイロットの自我がもたんか」

 オペレータの必死の報告が続く中、相変わらず自分の解釈をひとりごちるコウゾウであった。

「ソレノイドグラフ反転。自我境界が弱体化していきます」

「ATフィールドもパターンレッドへ」

 やがて巨大な十字架とも樹木ともつかない物体へと変化する初号機の様子が外部映像で捉えられた。

「使徒の持つ生命の実と、人の持つ知恵の実。その両方を手にいれたエヴァ初号機は神に等しき存在となった。そして今や、命の胎芽たる生命の樹へと還元している。この先にサードインパクトの無から人を救う箱船となるか、人を滅ぼす悪魔となるのか。未来は、碇の息子に委ねられたな」

 これが、コウゾウの信じるサードインパクトという現象の説明であった。

「ねぇ、私たち正しいわよね?」

「わかるもんか」

 発令所内のマヤやシゲルも、もはや、自分たちが単なる傍観者であることを知りつつ、その時生じている事態を引き起こした責任の一端を担っていることを悟っていた。

「パイロットの反応が、限りなくゼロに近付いていきます」

「エヴァシリーズ及びジオフロント、E層を通過。尚も上昇中」

「現在高度、二十二万キロ。F層に突入」

「エヴァ全機、健在」

「リリス因りのアンチATフィールド更に拡大。物質化されます」

「アンチATフィールド。臨海点を突破」

「だめです。このままでは個体生命の形が維持できません」

「ガフの部屋が開く。世界の始まりと終局の扉が遂に開いてしまうか」

 全てを諦めたようなオペレータの報告が続く中、外部映像に四対八枚の白い翼を広げる白い巨体が映るのを見ると、コウゾウも諦観していた。


ぱしゃっ

 直後、マコトとシゲルは発令所内のカメラに映らない何かに恐怖するような様子で叫び声を上げると同時にオレンジ色の液体と化し、その場に弾け飛んだ。


「碇、お前もユイ君に逢えたのか?」

ぱしゃっ

 コウゾウはあらぬ方を嬉げに見上げつつひとりごちた直後、その場に弾け飛んだ。


「ATフィールドが、みんなのATフィールドが消えていく。これが答なの。私の求めていた……。先輩、先輩……」

ぱしゃっ

 ノートパソコンの示す情報を確認するかのように呟くマヤであったが、やがて何かに抱きつくような格好でその目から涙を流した直後、その場に弾け飛んだ。

 第2発令所に到着したシンジたちは、サードインパクト前後の様子をMAGIの記録で確認していた。

「初号機って翼があるのね。どうやって出したの?」

 それが、記録を見たアスカの最初の言葉だった。

「わからないよ。僕も初めて見たし」

 当時、初号機に乗っていたシンジも翼の存在を知らなかった。

「宙に浮くために必要と言うわけではないはずなんだけどねぇ」

 人の姿をしたままの彼らが空中を移動する場合、揚力や推進力を得るための翼は必要としない。ゆえに、同じ方法でエヴァンゲリオンも空中に浮き、移動できると考えるのが彼らにとって論理的な帰結である。

「象徴みたいなものなのかな? もしかすると翼のせいでロンギヌスの槍が飛んできたとか……」

 何気なく呟いたシンジであったが、神である身の彼にとってそれが真相であるように思えた。

「見てると、初号機って全然動いてないのよね」

「ロンギヌスの槍が目の前にある時には、全然動かせないんだ」

「エヴァシリーズはロンギヌスの槍が飛んできた後で妙な動き方を始めてるわね。これがSEELEの考えた儀式って事か」

「本来の老人たちの計画ではロンギヌスの槍と魂のないリリスの抜け殻を使って彼らの考える儀式を行うはずだった。だが、現実にはロンギヌスの槍が月にあったために、初号機による、槍を使わない儀式に切り替えたはず。なのになぜ計画にない組合わせで儀式を始めたのだろう……」

 SEELEの計画を少なからず知るカヲルが新たに抱いた疑問に答えられる者は、その場に存在しなかった。

「副司令って、独り言で目の前の出来事を解説する癖があるんだね。知らなかったけど面白いな」

「いずれにしても、ロンギヌスの槍が儀式を始めるきっかけになってそうね。うっかり呼び寄せたりしないように気を付けなさいよ」

 アスカの指摘に頷きを返すと、シンジは話題を変え、MAGIの記録から新たに判明した事実を口に出した。

「あのでっかい綾波やカヲル君って人間だったんだね」

「ま、シンジが神って言うよりあれが人間だって言う方がよっぽど信じられるわ」

「冬月副司令はあれがリリスであると思い込んでいたようだけれど。アダムとリリスが融合したら人間ができるなんて、先代の神は中々面白いことを考えたものだねぇ」

「ところで、あのでっかい綾波やカヲル君と今の綾波やカヲル君はどう関係してくるの?」

「今の私は、自分の形をこの綾波レイの姿であると認識して、大きな私から抜け出したもの」

「僕は自分のことを、シンジ君に逢うために相応しい姿として渚カヲルの姿を選んだアダムであると認識していたんだけれど、どうも違うようだね。アダムとリリスが融合してできた人間から渚カヲルとしての意識を持った新しい存在として生まれ出たアダムでもタブリスでもない別の存在が僕ということになるのか……。正しくシンジ君だけの使徒と言って良いね。歓喜に値するよ」

 カヲルは一息入れてから続けた。

「嬉しいってことさ」

「話は変るけどジオフロントってサードインパクトの最中、空飛んでたんだね」

「MAGIは高度二十二万キロと言っていたわ」

「二十二万キロは何かの間違いだと推測するよ。それでは地球よりも月の方が遥かに近いという位置まで離れていた計算になってしまう。正常に計測できないような事態が起こっていたということなのだろうね」

「どうやって元の場所に戻ってきたんだろうね。発令所もMAGIも大して壊れてないところを見ると案外ふんわりと戻ったのかな?」

「しっかし、発令所の中ってあんなにきっちり記録されてたのね。油断できないわ」

「本部の中はどこも同じようなものよ」

「あんな記録あたしのセキュリティレベルでは見られなかったはずなんだけど、どうやったのよ」

「カヲル君の得意技だよ。カヲル君は電子機器を手も触れずに自由に操作できるんだ。フィフスチルドレンになってシンクロテストをした時もそれでいたずらしたらしいよ」

「いたずらってどんなのよ?」

「シンクロ率を偽装したのさ。シンクロしてエヴァンゲリオンを動かしているわけではない僕にとって、シンクロ率なんて何の意味もない数字だからね」

 シンジたちはNERV本部でのMAGIによる記録の確認を終えると、昨日と同じホテルへと帰ってきていた。

「ねぇ、シンジ。あんた、どうやってあんたのママが初号機に取り込まれるのを阻止するつもり?」

「ん? いや、適当に初号機に干渉して母さんとのシンクロを拒絶すればいいと思ってるんだけど……」

「その『適当に初号機に干渉して』ってのを訊いてんの!」

「ああ、僕はあの実験の時はどうせ現場にいるから」

「だからって、突然居なくなるわけにはいかないでしょ? まさか、一緒にプラグに乗るつもり?」

「別に、乗り込まなくても干渉くらいできるし」

「ふーん。じゃあ、あたしはどうしたらいいのよ……」

 アスカには、エヴァンゲリオン弐号機に対する母親の接触実験の際に、現場に居合わせた事実がなかった。そのため、まるでそんなことは些細な問題に過ぎないといった様子のシンジの答を聞き、自らの母親を救う手段を見出せないアスカは不安げに呟いた。

to be continued...



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