大地。

 紅い海。

 それが全てだった。


 否――

 周囲に視線をやれば、かつての人間の営みを想起させる建造物やその痕跡も確かに遺されている。

 しかしそれでも、生を感じさせるものだけはその存在を失っていた。


 そこは第3新東京市と呼ばれた街。


 サードインパクトと呼ばれる現象は地球上をアンチATフィールドで覆い尽くし、全ての個体生命からATフィールドを奪い、そして、生命と呼ぶべき事象を完全に消し去った。生きとし生けるものの全てがATフィールドを失い、その個体を失った生命のなれの果て。原始地球の生命のスープと呼ばれるものと等質なもの。

 ――それが紅い海の正体だった。


新世紀エヴァンゲリオン

〜せめて人間らしく〜

第一部

第一章 新生


 全ての生命が個体を失ったはずの世界に少年と少女が在った。

 物事にはしばしば例外というものが発生する。彼らはまさしくその例外といって良い存在である。

 少年はかつて自らの通った第3新東京市立第壱中学校の男子制服を、少女はプラグスーツと呼ばれる全身にフィットしたつなぎの服を着用していた。少女の方は全身いたるところに包帯を巻き付け、満身創痍の装いだった。

 少年は少女に馬乗りになり、その首を絞めている。

ごりっ

 少年はその時確かに少女を縊り殺したはずだった。

 しかし――少女は包帯で覆われ不自由な右手で少年の頬を撫でた。それは愛しい者を慈しむかのごとくに。一方でその表情は完全なる虚無であり、その瞳は何も写らない虚ろそのもの。

 少年は嗚咽を堪えつつ少女の躰に縋り付き、只々涙した。

「気持悪い」

 少年が止めどなく流す涙に対する少女の答は、この一言のみだった。


 少年はかつて碇シンジと呼ばれていた者。

 少女はかつて惣流アスカ・ラングレーと呼ばれていた者。

びくっ

 突然、少年は涙を止めて少女を抱き起こした。少女の首は完全に折れ、だらしなく垂れ下がっていたが、少年は一顧だにせず腰に手を廻し、少女を後ろ抱きにしてその眼を瞑った。

びくんっ

 刹那――少女の首が元通りに復元されるとともに、少女の瞳に輝きが戻った。

「ちょっとあんた、今何やったのよ!」

「何って、ちょっとアスカにシンクロして自己修復かけただけだよ」

「何言ってんのか全然わからないわよバカシンジ!」

 しかし詳しい説明をする間もなく、そこに新たな例外と呼ぶべき存在が二人現れた。

 一人は、灰色の髪に紅い瞳、そしてアルビノといわれる染み一つない真白の躰を第3新東京市立第壱中学校の男子制服に身を包んだ少年。そしてもう一人は少しくすんだ空色の髪に紅い瞳、真白の躰を同じく女子制服に身を包んだ少女だった。

「やあ、シンジ君。久しぶりだねぇ。元気だったかい?」

「碇君……」

「あ、カヲル君と綾波。今回は早かったね」

「あぁ、今回はシンジ君がここに留まっていたからすぐに見つけられたよ」

「そんなことより弐号機パイロット。何故あなたがここにいるの?」

「君がセカンドチルドレン、惣流アスカ・ラングレー君かい。始めまして。僕はカヲル。渚カヲル。君と同じ仕組まれた子供。フィフスチルドレンさ」

「フィフスってどういうことよ。あたしあんたなんか知らないわよ! 大体、これは何? 気付いたらバカシンジに首を絞められてるわ、そのうち勝手に泣き出したと思ったら抱きついてきて気付いたら怪我が治ってるわで訳わかんないことだらけよ。ちゃんと説明しなさいよ」

「碇君はあなたの首を絞めたの……。そう、あなたは用済みなのね」

「ファースト。あんたでもいいわ。訳わかんないこと言ってないで説明しなさい」

「アスカ。長い話になるんだ。だから一先ず場所を変えよう。カヲル君も綾波もいいよね」

「シンジ君。多分今回もヨーロッパ辺りまで行かないと落ち着ける場所はないだろうね」

「ちょっと、ヨーロッパなんてどうやって行くつもりよ!」

「問題ないわ」

 後から現れた少女、綾波レイは一言言い残すと空中に浮かび、渚カヲルもそれに続く。

「何よそれ。信じらんない。待ちなさいよ!」

 アスカが大声を張り上げているのを尻目に二人は更に高度を上げる。

「アスカ。今からシンクロして飛び方を教えてあげるからちょっとリラックスして」

 シンジはアスカの後ろから声を掛けつつ、軽く抱きしめる格好で腰に手を廻した。

 アスカは、何時も他人の顔色を伺いながらビクビクとしていた自分の知っている少年とは似ても似つかない、包容力のあるシンジの所作と腰に廻された手の感触に一瞬頬を染め、ピクリとその身を震わせるが、数瞬の後、我に返って抜け出そうともがいた。

 ――つもりだったが、しかし身動きは取れなかった。そして同時に、自らも宙に浮いていることに気付いた。

「アスカ。これはATフィールドの応用なんだ」

「へぇー、なるほどね簡単じゃない。……って何であんた、ATフィールドなんて使えんのよ!」

「いや、これはアスカにシンクロしてアスカのATフィールドを使ってるんだよ。だからこれはアスカの力だ。じゃ、離してみるよ」

 シンジはあっさりと言い放ち、アスカから離れて先行する二人を追った。

 空中で突然放り出された格好になったアスカは、一瞬手足をばたつかせつつもすぐにコツを掴み、シンジを追い抜いていった。

 一方、追い抜かれたシンジも「さすがアスカ」と呟きつつ、速度を上げる。

 シンジが先行する二人に追い付いた時、アスカは宙返りなどを織り混ぜつつ空を飛ぶことを全身で楽しんでいた。

 四人の足並みが揃った後、一行は更に速度を上げる。既に音速を遥かに超越しているにも関わらず、髪の乱れすらない不自然な空中移動。カヲルは両手をポケットに入れ、レイはシンジの左腕にしがみつきつつも三人は地面に対し垂直に立った体勢のままで移動する。ただ一人アスカだけが躰を水平に保っての飛行。

「ちょっと、あんたたち非常識にも程があるわ。飛ぶなら飛ぶで、もうちょっと飛んでるような格好しなさいよ!」

 生身のまま非常識な速度で飛行しているにも関わらず、彼らには会話すら可能であった。

 わずか小一時間ばかりの移動で、シンジら一行はドイツのとあるホテルの玄関前に到着した。そのホテルはセカンドインパクト前にアメリカ資本のホテルグループにより建造されたもので、客室及びレストラン、ラウンジ、バーやブティックなど各種店舗を含む地上部分40階に地下8階の駐車場という偉容を誇る巨大ホテルであった。

「ちょっと! まさかこんな一流ホテルにこんなみすぼらしい格好で入れっていうの? 嫌よ!」

「問題ないわ。誰も……いないもの」

 自分の身なりを気にするアスカを尻目に、シンジ、レイ、カヲルの三人は躊躇なくエントランスをくぐりホテルへと侵入した。アスカも慌ててそれに続く。

 所々に紅い水溜まりと脱ぎ捨てられた服が落ちてはいるものの、生命活動の気配は存在しない。アスカだけは、紅い水溜まりの正体を知らずにいた。

「本当に誰もいないのね……」

 アスカが物珍しげに辺りをキョロキョロと見回している間に、シンジらはカジュアルな服飾品を扱う店舗に入り込み、着替えを物色し始めている。

 ホテル内の店舗であるため、元々シンジらのような子供向けの商品が豊富に用意されているわけではない。またシンジら三人は着衣にこだわりがあるわけでもないため、勝手知ったる我が家のタンスから今日の着替えを引き出すかのように手早く選んでいる。

「アスカ。欲しければまた来ればいいんだから、取り敢えずの着替えを選んで、早く部屋に行こうよ」

 結局シンジとアスカはジーンズにシャツといったラフな服装と下着、レイとカヲルは替えの下着とシャツだけを手にし、39階に配置されたスイートルームの内の一つへと移動した。

「日本に行ってからの習慣だってのに、湯船につからないと何か物足りないってのも不思議なもんね」

 アスカがシャワーを浴び終え、濡れた髪をタオルで拭きながらリビングへ戻ると、シンジは丁度お茶の準備をしたところだった。カヲルとレイはそれぞれソファーで寛いでいる。

「一先ず、お茶でも飲んで一服しよう」

「いいわ。でも、何もかも訊かせてもらうわよ」

 アスカも空いているソファーの内の一つに腰掛け、用意されたコーヒーを一口含むと質問を始めた。

「まず最初に訊くわ。この世界は何――何があったの?」

「簡単に言うとね、サードインパクトが起こって地球上から全生命体が存在しなくなった。これはそういう世界だよ」

「それじゃ、あたしがエヴァシリーズにやられた後、あんたもやられちゃったんだ」

「いや、僕には手も足も出なかった……というか、あれは戦いですらなかった」

「……」

 アスカは一瞬言葉を失った。

「全ては最初から仕組まれたことだったんだよ。アスカ」

「1900年代の中頃、死海の近くである古文書が発見された。この古文書は後に死海文書と呼ばれるようになった」

 カヲルが後を続けた。

「死海文書?」

「前世紀の末に公開された死海文書は紀元前に書かれたキリスト教の経典だった。しかし、発掘された古文書の一部は劣化が激しく解読不能とされ、結局隠蔽された。君はアカシックレコードというものを知っているかい?」

「過去から未来までに起こるあらゆる事柄が書かれてるっていうあれ?」

「一部のリリンは隠蔽された部分を含んだ死海文書の全体をアカシックレコードそのものだとしていた――本当のところは誰にも分からないことなのだけどね。つまり、キリスト経典の神話的内容を含め、全てが史実であるとしたかったのだろうね。アカシックレコードそのものとして扱われていた死海文書には、セカンドインパクトや再度の使徒襲来が預言されていた。そして、第三新東京市やエヴァンゲリオンなどの対使徒戦の準備はこの死海文書の預言を基になされたものなのさ」

「まさか預言とはね……」

「一方SEELE(ゼーレ)という組織には死海文書の隠蔽された部分という裏死海文書と呼ばれるものが存在したらしい。裏死海文書には次の神を生み出す儀式について書かれていたはずで、その裏死海文書こそがセカンドインパクトから始まった一連の騒ぎの発端なのさ」

「多分に憶測が混じった話ではあるんだけどね、そんなに的を外してはいないはずだよ」

 シンジが補足する。

「まず確実な所を言うとね、セカンドインパクト以降の一連の騒ぎによって神が生み出された」

「一番胡散臭いところじゃない!」

「碇君が神になったのは事実だもの」

「はんっ! バカシンジが神?」

「まぁアスカに信じてもらう必要はないからそれは良いとして……。とにかく一連の騒ぎのきっかけとなった物があるはずで、それが多分、裏死海文書と呼ばれていた物なんだろうと僕たちは考えてる」

「君はセカンドインパクトの真相を知っているのかい?」

「はぁ? あんたあたしをバカにしてんの? あたしはセカンドチルドレン・惣流アスカ・ラングレーよ! 知ってるに決まってるじゃない。南極で第1使徒が暴れた結果でしょ?」

 アスカは立ち上がり、左手を腰にあてつつ右手でカヲルの顔を指さした。

「一般には南極に大質量隕石が落下した結果であるとされていたけれど、それはもちろん嘘だ。君のように多少訳知りな人々には第1使徒が暴れた結果であると伝えられていたけれど、それも事実のほんの一部に過ぎない。そして国連でも最有力な国家のほんの一握りの権力者たちには、エヴァンゲリオンをはじめとする対使徒兵器の準備期間を稼ぐために、南極で覚醒しかけた第1使徒を、他の使徒が覚醒してしまう前に卵にまで還元しようとした結果であると説明されていた」

「ふーん、そういうことだったの……」

 アスカは居心地悪げに座り直し、温くなってしまっているカップを両手で持った。

「アスカ。それすらも欺瞞なんだ。それまで使徒なんて物をまるで知らなかったはずの人類なのに、どうして第1使徒を卵に還元すれば時間が稼げるなんてことを思いつくの? そもそも、どうやったらそんなことができるっていうの?」

「そんなの、あたしにわかるわけないじゃない」

 アスカは視線を外しながら呟いた。

「前世紀の終り頃、南極に白き月と呼ばれる巨大な地下空洞が発見され、そこには第1使徒アダムが存在した。全て死海文書の預言通りのことだよ。アダムにはS機関と呼ばれるエネルギー発生装置らしきものが発見され、それまで学会で異端視されていたS理論の提唱者である葛城博士の研究グループが南極に派遣されることになった」

「ミサトさんのお父さんのことだよ」

「南極に派遣された葛城調査隊はアダムに対して様々な実験を試みた。そして西暦2000年9月13日、死海文書の預言通りにセカンドインパクトが起こった。その結果、葛城調査隊のメンバーはただ一人、葛城ミサトを残して全滅したんだけれど、前日に南極を離れて難を逃れた男がいた。しかもその男は前日までの実験データを全て回収していた」

「預言を信じて逃げ出したって訳?」

「それは違うと思う。ただ一人難を逃れたのは六分儀ゲンドウ、後の碇ゲンドウ。僕の父さんだ。多分、預言を信じたというよりも、むしろ預言通りに事が起こることを確信していたんだ。そもそもセカンドインパクトという大災害が引き起こされることが預言されていて、しかも、それが使徒の覚醒を先伸ばしにするためには避けられない災害であると説明されていたのなら、直前に難を逃れたのが父さんただ一人という事態にはなっていないはずだよ。まして、そんな現場に当時14才の少女に過ぎない一人娘のミサトさんを葛城教授が連れていったこと自体おかしな話だよ」

 シンジはカップに残ったコーヒーを飲み干し、更に続けた。

「S理論なんてトンデモな理論がS機関の発見前に提唱されたこと自体がおかしな話なんだ。S理論というのは永久機関を説明する理論なのだから、まともに相手にされるはずがない。それが、理論にぴったり合致する実体としてのS機関らしきものが都合良く後から発見された」

「そして、偶然その理論で説明されるのに都合の良いものが南極で発見されて、葛城博士はそれに飛び付いたって訳ね……」

「葛城博士の妄想の産物に過ぎなかったはずの、しかもそれまで完全に眠っていたS機関が南極で実際に作動し、最終的にはセカンドインパクトを引き起こした……。眠っているS機関の動かし方から何から全てあらかじめわかっていたと考えるべきだし、恐らくS理論からして誰かが葛城博士に与えた代物だったんだろうね」

「その葛城調査隊のスポンサーがSEELE。NERV(ネルフ)の前身となった人工進化研究所、GEHIRN(ゲヒルン)のスポンサーもSEELE。NERVの上位組織である国連機関、人類補完委員会の実体もSEELEなのさ」

「キリスト経典に過ぎないはずの死海文書。そこにセカンドインパクトなどの未来の出来事を組み込むことで、死海文書を預言書に祭り上げた人間がいる。それがSEELE。SEELEという組織はセカンドインパクトを境に急速に力をつけた――セカンドインパクトみたいな大災害が起こることがあらかじめわかっていたのだから当然だよね。これはSEELEが裏で糸を引いていたことの傍証と言って良いと思う」

「裏死海文書と呼ばれていたものには、セカンドインパクトの現象の引き起こし方、その後の使徒襲来のスケジュール、そして一連の出来事が新たな神を生み出すための試練と儀式であることが記述されていた。それが僕たちの推測なのさ」

「なんで、そんな重要なところが推測なのよ」

「僕は大抵のことは知っているはずなんだけど、何故か裏死海文書に関しての知識は完全に抜け落ちているんだ。そのかわりと言ってはなんだけど、SEELEやNERVに裏死海文書に基づく計画のスケジュール――シナリオと呼ばれているものが存在したのは間違いない。それは預言書として捏造された死海文書そのものというべきかもしれない。事実、使徒襲来の時期などはほとんど全て予定されていた通りだった」

「確実にわかっているのはサードインパクトが神を生み出す儀式の仕上げだったということだけ……」

 何時の間にかシャワーを浴びたレイがその場に戻ってきて言った。

「何でそんなことがわかるっての? ってゆーか、ちゃんと服着なさいよ」

「私たちが儀式の仕上げをした使徒だもの」

 レイは下着姿に男性用の白いカッターシャツを羽織っただけの姿だった。

「ちょっと外の空気を吸ってくる」と、アスカが部屋を出た頃合を見て、シンジはシャワールームへと向かった。

(アスカが人間じゃなくなったってのは、やっぱり僕のせい……? 面倒なことにならなきゃいいんだけどなぁ)

「ふんふんふんふんふんふんふんふんふんふんふんふんふーふふん♪」

 シンジがシャワーを浴びながら何やら考え事をしていると、そこに闖入者が現れた。

「何を考えているんだい?」

「カヲル君」

「惣流アスカラングレー。彼女は僕たちのシナリオで、どういう役を演じることになるんだろうねぇ……」

「それはアスカに訊いてみなきゃわからないけど、アスカはアスカなんじゃないかな」

(バカシンジが神でファーストとフィフスは使徒――じゃあ、あたしって何?)

 一人外に出たアスカは答の出ない疑問を抱えつつ、あてもなく辺りをさまよっていた。

(この分じゃ人っ子一人いないってのも本当なの?)

(それに――あれは本当にバカシンジなの? ファーストは確かにファーストっぽいんだけど……)

 アスカが部屋を出て数時間、シンジとレイは寄り添うように、カヲルはシンジの右手側にある別のソファに一人でそれぞれ座っていた。特に会話が弾むわけではないが、そこには静謐で穏やかな空気があり、彼らにとり、それが最も自然な形であるかのように時が流れていた。

どん、どん、どんっ!

「おかえり、アスカ。遅かったね」

「じゃーん」

 アスカはケーキの箱を持ち上げて見せた。

「まさか、アスカはお腹が空くの?」

 シンジたちは空腹感は覚えないし、生きるための食事を必要とする躰ではなかった。

「そう言われてみれば空かないわね。でも何か食べたかったのよ、悪い?」

「甘いものは別腹というしねぇ」

「あんたたちの分もあるわ! ありがたく食べなさい! ほらっバカシンジ、ぼけぼけっとしてないでお茶の準備をしなさいよ。気が利かないわねぇ」

 シンジはここは逆らうべきではないとばかりにキッチンへ向かった。

「本場ニューヨークスタイルのベイクトチーズケーキよ!」

「まさか、ニューヨークまで行ってきたのかい?」

「人っ子一人いなかったわ」

「ティーバッグしかないけど、紅茶でいいよね」

 キッチンからシンジの声がする。

 お湯が沸くのを待ちつつも、シンジは皿とカップをテーブルに用意した。

 全員にケーキとお茶が行き渡るのを待ち、再びアスカは口を開いた。

「一番重要なことを聞くのを忘れてたわ。神って何?」

「神とは、全知全能の存在。無から有を造り出すもの。……碇君」

 久方ぶりにレイが口を出した。

「全知全能?」

「多分、サードインパクトの時点で人類の持っていた知識は全て僕の中にある。といっても頭の中に図書館があるってだけな感じで、完全に僕のモノになっているとはとても言えないんだけど……。実の所、何ができて何ができないのか良くわからない。特に人間にできないはずのことは、ほとんど何も判らないと言っても良いくらいだ……。でも物を造り出すことは確かにできる」

 シンジは真っ赤な薔薇を一輪、空中から取り出し、アスカに手渡した。

「手品ってわけじゃないのよね? ってゆーか、あんた本当にバカシンジ? 全然性格違うじゃない」

 アスカは一瞬頬を朱に染めつつ、それを誤魔化すように聞いた。

「僕はエヴァ初号機に乗ってアスカと一緒に戦った碇シンジだよ。でもそれだけじゃないのも確かだ」

(神になったせいって事か……)

 アスカは勝手に一人納得した。

「じゃ、使徒って何? さっき、ファーストたちは自分たちが使徒だって言ったわ」

「使徒とは、神のお使い。天使。私たちは碇君の僕」

「さしずめ、僕がシンジ君の第1使徒たる渚カヲルってことになるのかな?」

「第1使徒は私。綾波レイ」

 涼しげな微笑みを湛えながら自らが第一使徒であることを宣言するカヲルに対し、レイも譲らない。

「どっちが第1使徒だかなんて、どうでもいいわよ! そんなことより、あんたたちは何のためにいるの?」

「わからない。碇君からは使命を与えられてないもの。碇君、私は何をしたらいいの?」

「使命なんて特にないよ、綾波。僕たちはこれからきっと悠久の時を生きるんだ。なるべくなら幸せに生きたいよね。でも、幸せは自分で見つけないと……」

「僕の幸せはシンジ君と共に在ることだけだよ」

「私も碇君と一緒にいたい。病める時も健やかなる時も死が二人を分かつまで私は碇君と一緒にいたい。そう、私は碇君のお嫁さんになりたいのね」

 ことここに至って、ようやく自分の知りたい内容から完全に脱線していることに気付いたアスカは強引に話題を元に戻した。

「あたしが訊きたいのはそういうことじゃなくて、サードインパクトの儀式の仕上げをしたっていうあんたたちの役割のことよ!」

to be continued...



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